魂で向き合うということ

魂で向き合うということ

打ちのめされる日々

前職で、高校の教員として初めて担任を持ったクラスのことです。
男子だけのクラスで、生徒たちのエネルギーは圧倒的でした。
授業中もまだ若い私の言うことなど聞かない、言葉は空回りする、反抗的な態度が続く毎日。
「さじを投げてしまいたい」と思ったのは、一度や二度ではありませんでした。

正直に言えば、「この日々が早く終わってほしい」と思っていた時期があります。卒業式が来れば、この苦しさから解放されると、そんな気持ちで日々をやり過ごしていた自分がいました。
同時に、「自分は教師には向いていないのではないか」という問いが、頭を離れませんでした。
努力しても手応えがない。
伝えようとしても届かない。
自分の非力さに、何度も打ちのめされました。

やり切った自分が、いた

それでも続けることができたのは、「先生の言葉、響いていますよ」そう言ってくれた生徒がいたからです。
少数かもしれない。でも、こちらの言葉を、まっすぐに受け取ってくれる生徒が確かにいました。

その一言がなければ、私は折れていたかもしれません。

卒業式の日、最後のホームルームを終えたとき、不思議と涙は出ませんでした。
「終わった」という安堵の方が大きかったのかもしれません。
でも、生徒たちが帰り、ひとりで教室を片づけ始めたとき、ふいに込み上げるものがありました。がらんとした教室にひとり、3年間の記憶がどっと押し寄せてきて、涙が止まらなくなりました。

苦しかった、でも向き合った。
うまくいかなかった、でも逃げなかった。
そして、生徒の心には、何かが届いていた。

やりきった自分を、実感として受け取れた瞬間だったのだと思います。

すべてが自分の成長に!

その経験から、私はひとつのことを信じるようになりました。

「魂で向き合えば、必ず響くときは来る」ということです。

生徒の「何もかも」を変えることはできない。でも、「何か」は変えることができる。
そう思えたとき、教師という仕事への向き合い方が変わりました。

今、教室長として生徒たちと接するとき、当時のことを思い出します。
あの苦しい日々があったから、信じて向き合い続けることができる。
すべての出会いが、私を育ててくれました。

この記事を書いた講師

永山 大輔

教室長 / 国語担当

講師

永山 大輔

Nagayama Daisuke