『福翁自伝』 福沢諭吉

『福翁自伝』 福沢諭吉

おすすめの本は福沢諭吉の自叙伝『福翁自伝』です。
慶應義塾大学の創設者で、一万円札の肖像画にもなった福沢諭吉が晩年に人生を振り返ったものです。
この本で私がおすすめの箇所が、福沢諭吉が初めて英語を学んだ時の話です。

蘭語から英語の時代へ
ショックを受けた諭吉

江戸時代、日本は鎖国下で欧米諸国との貿易はオランダのみでした。
従って西洋の書物はオランダ語、通称「蘭語」で書かれたものがほとんどで、「蘭語」を読み書きできることが当時の知識人のステータスでした。

若かりし頃の福沢諭吉も蘭学について寝食を忘れる程勉強し、読み書きだけでなく話せるようになるまで上達しました。しかし、日本が開国し、イギリスやアメリカと貿易するようになったことで、オランダ語でなく英語ができることが求められるようになりました。

英語の噂を聞いた諭吉は開港した横浜を訪れ、生まれて初めて英語に出会いました。
書いてあることもわからないし、オランダ語で話しかけても全く通じないことに大変ショックを受けます。

「オランダ語を死ぬ気で勉強したのに、あの苦労は無駄だったのか」。

江戸に戻った諭吉は目の前が真っ暗になりました。

独立自尊の精神を体現


当時、多くの蘭学者が時代の変化についていけず、廃業する人が大勢いました。しかし諭吉は「これからは英語の時代だ!」と考え、英語を学ぶことを決意します。

幕府で御用英学者の家を片道20キロ歩いて訪ね英語を学び、アメリカ人に英語を習った5歳の子が近所に住んでいると聞いてはお菓子を買って「英語教えて!」と言って英語を学びました。

いざ勉強を進めていくと、オランダ語と文法や単語に類似点が多く、想像以上に習得がスムーズにいきました。
さらに諭吉は学んだ知識をすぐに生かしたいと考え、幕府がアメリカに使節団を送ることを聞きつけ、「通訳として同行させてください」と頼み込みます。

渡米した諭吉はアメリカの最新技術に触れ、日本も西洋に追いつくためには英語教育を充実させる必要があると痛感し、帰国後に英学塾を開き、これが「慶應義塾大学」の前身となります。

この本を初めて読んだ際、福沢諭吉の過去にとらわれない「学ぶことへの前向きな姿勢」が非常に印象的でした。

「本気で学べばその経験が他に生きてくる」ことを教えてくれる点がおすすめです。

この記事を書いた講師

堺 貴志

校舎長 /日本史担当

講師

堺 貴志

Sakai Takashi