
世界にひとつだけ
光る泥団子に私が出会ったのは、教員時代のことです。文化祭で「光る泥団子」の企画を担当しました。
正直、「地味だな」と思います。
華やかな文化祭の企画としては、およそ映えないものに思えました。ところが、実際にやってみると、やめられなくなりました。
泥を丸め、乾かし、また磨く。その繰り返しです。
でも、磨き続けると、少しずつ表面が滑らかになっていく。ひとつとして、同じ形にはなりません。完璧な球体など、どれだけ丁寧にやっても作れない。
どこかが少し歪んで、どこかが少し凹んでいる。でもその歪みも含めて、それぞれの団子がそれぞれの形で光る。
唯一無二の輝きを持つ、世界にひとつだけのものが生まれます。
磨けば、光る
私は泥団子に人生を重ねたりします。
完璧な人間なんていない。それぞれに歪みがあって、それぞれに凹みがある。でも、その形のままで、磨けば磨くほど光る。どの面から光を当てるか、どの角度から見るか、それによってまったく違う輝きを見せてくれる。
大切なのは、磨くことをやめないこと。そして、一面だけをみて決めつけないこと。
泥団子を人生に例えるなら、どれだけ丁寧に向き合ったか、どれだけ信じて磨き続けたか。
その時間がそのまま、輝きになって現れる。
私は泥団子を目の前の生徒にも重ねます。
誰もが、磨けば磨くほど光る、かけがえのない存在である。私はそう信じて、今日も教室に立っています。
永山 大輔のコラム
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打ちのめされる日々 前職で、高校の教員として初めて担任を持ったクラスのことです。男子だけのクラスで、生徒たちのエネルギーは圧倒的でした。授業中もまだ若い私の言う…

